娘と私と時々夫

夫が単身赴任で突如ワンオペになりました

出産レポ②

出産レポ 続き

 

その前はこちら↓

 

7月16日

20時過ぎに産院へ到着後、内診したり、荷物を預けたり事務手続きをしたり。

入院する部屋の説明等もこのタイミングで受けた。

古めの個人病院だけど全て個室で有難かった。

説明されている最中も陣痛はあったものの、普通に立っていられるレベル。

21時の時点で子宮口は3cm。

なぜか病院到着後に控えめになる陣痛。

これはまだまだ長い戦いになりそうだ…などと思っていた。

夫にまだまだかかりそうなので夜しっかり寝るようにと連絡。

今思えばこれはフラグだったかも。

 

22時過ぎ、子宮口4cm。

じわじわと進んでいるもののまだ余裕があった。

トイレに行っておいたほうが良いと言われ、トイレを済ませていざ陣痛室へ。

入院服に着替え、ふんどしのような産褥パッドの大きさに驚く。

パッドというよりほぼオムツなので、

これが必要になるくらいの血やら何やらが出るのか…とちょっとびびっていた。

 

モタモタしながら水を入れたマグ、スマホ、イヤフォンを手元に準備。

暗い陣痛室の中で音楽を聴きながら、

陣痛の波の合間にウトウト…。

お腹にモニターを付けているので、しっくりくる姿勢が見つからなかった。

この頃はまだ4cmだし初産だし、生まれるのは朝方かな~と、のんきに思っていた。

 

23時頃、お産が進んでとにかく激痛。

とにかく必死で呼吸法を意識していた。

…が、途中で何度も耐えられずに叫ぶ。

助産師さんは時々見に来るけれど、

殆ど一人の時間だったので何も気にすることなく叫べた。笑

 

23時15分頃、そろそろ分娩室に移動と言われて慌てる。

思っていたより展開がはやい。

夫にまだ寝ないように連絡。

ほんの2時間前にしっかり寝てね、って言ったのにね…。

 

23時半過ぎ、ハチャメチャな陣痛の波の合間に

「コロナ禍で禁止だった立ち合い、今日から解禁するけどどうする?」と問われ、

夫に相談することなく「しません!」と決定。

とにかく血が苦手な人なので聞くまでもなかった…というのもあるし、

痛すぎて何も考えられなかったというのも大いにある。

 

23時40分頃から何故かおならが止まらなくなり、戸惑う。

 

23時55分過ぎ、ついに分娩室へ移動。

たいした距離じゃないのに徒歩移動がめちゃめちゃ辛い。

こんなに痛いのに自分で歩くの罰ゲームじゃん…と思った。

すぐ立ち止まるのでいっこうに進まない。

 

 

7月17日

日付が変わったころ、分娩室へ到着。

0時02分に夫に産院の駐車場に来てとLINE。返信を見る余裕はもうない。

いきんで、と言われ「いきむって何!?無理!もう無理!」等と叫んでいた記憶しかない。

ものすごーく長い時間に感じ(全然そんなことはなかった)、

これっぽっちもいきめてる感じがなくて、不安でいっぱいだった。

力の入れ方が分からない、自力で生める気がしない、

痛すぎる、無痛分娩にしておけば…等と

頭の中は泣き言だらけ

そして多分この辺で破水した(全く記憶にない)。

 

あと覚えていることといえば、

助産師さんが「頭出てきてるよ!触ってごらん」と言われ

手を伸ばすと生暖かいぬるぬるした娘の頭皮があり…

「ほら、赤ちゃんだよ!どう!?」と言われて「ぬるぬるしてるぅ(泣)」と答えたこと。

当時の私は必死だった。

 

最後はズルンと赤ちゃんが出てくるのがしっかり分かった。

 

0時38分、娘を出産。

分娩台に上がってから30分ちょい。

初産なのにこんなにすぐ生まれるんだ…と思った。

泣き声がちゃんと聞こえるか、気にしていたからというのもあるけれど、

生まれたと思ってから娘が泣くまでに1,2秒の時間があって。

「産声がしない!?」と思った瞬間に泣き声が聞こえて、

そこでようやくほっとしたのを覚えている。

 

生まれたばかりのまだ臍の緒がついたままの娘を

助産師さんが写真におさめていてくれた。

小さくてちょっと赤くてシワシワでぬるぬるしていて、

我が子というフィルターを外して冷静に見返すと、

まあ…けしてカワイイとはいえない姿。

だけど、本当に心の底から、なんて可愛いんだ…と思った。

 

ちなみに普段は親バカフィルターがかかっているので

何度見返しても可愛いし、

もう一度このときの娘を抱っこしたくなる。

これ、夫にはない感情らしい。不思議。

ちょっと意思疎通ができるようになってきた今の方が可愛いんだって。

そりゃあ今だって最上級に可愛いけど、

このときの娘にもう二度と会えないなんて寂しい…

これ、母親特有の感情なのかな?

 

出生体重は2400g。いわゆる低体重出生児です。

100g、足りなかったことについては色々な感情があって…

いつか別の機会に投稿できればなと思います。

ちなみに39週での出産だったので

予定日よりは早かったですが正産期でした。

 

さて出産レポに話を戻して。

出産直後にびっくりしたのは痛みは分娩して終了じゃないということ。

胎盤出すね~、とお腹を押されたときはあまりの痛みに涙出た。

終わった…と安心してからのことだったので余計に…。

あと会陰を縫うのも麻酔してもらったはずなのに普通に痛かったです

切られたことは殆ど覚えていない。

 

諸々の処置を終えて、夫に出産の連絡。

カンガルーケアをしながら1時過ぎに対面して家族三人で写真を撮ってもらった。

夫婦二人で娘を見ながら、母子ともに無事に生まれた幸せを嚙み締めていました。

つかの間の面会時間も終了となり、夫は帰宅。小さく生まれた娘は保育器へ。

私は体を温かいタオルで拭いてもらって、しばらく分娩台の上で安静にしたのち、病室へ。

 

そんなこんなであっという間にはじめての出産を終えたのでした。

 

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書き終えた今は2022年9月18日。

あれから1年以上経ったと思うと本当に感慨深い。

忘れないように少しずつ書き溜めた出産レポ。もう忘れかけていたこともちらほら。

きっと来年、再来年にはもっと記憶が薄れていくことでしょう。

娘が大きくなるにつれて、どんどん思い出も増えていくので仕方のないことですが。

覚えているうちにここに書き残しておけて良かった。

 

これから少しずつ

今の娘や少し前の娘のこと、家族のこと、自分のことを記録していけたらいいな…と思っています。